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札幌地方裁判所 昭和29年(ワ)785号 判決 1956年4月25日

原告 先本与一郎 外一名

被告 北都ハイヤー株式会社 外一名

主文

被告らは、各自、原告先本与一郎に対し金二十一万五千円、原告田村君子に対し金八千円およびこれらに対する昭和二十八年十一月十一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求は棄却する。

訴訟費用は、被告らの負担とする。

この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、原告先本与一郎において金七万円、原告田村君子において金三千円の担保を供するときは、かりに執行することができる。

事  実<省略>

理由

昭和二十八年十一月十日午後十時過頃札幌郡豊平町字アシリベツ付近の千歳街道道路上で、原告らの自転車に被告内村の運転していた普通乗用車が衝突し、そのため原告田村は自転車もろともはね飛ばされたこと、原告先本も自転車もろともひかれた結果、第一肋骨および右脛腓骨完全骨折、顔面頭部胸背部打撲傷等の傷害を負つたことは、当事者間に争いがない。

原告らは右事故は被告内村の自動車運転上の過失に起因すると主張するのに対し、被告らは被告内村には何らの過失もないと主張するので、被告内村の過失の有無について検討する。

まず本件事故発生の経過について考えてみると、次のとおりである。すなわち、成立に争いのない甲第二号証、第三号証、第五ないし第八号証、検証の結果、原告本人両名および被告本人内村の各供述、を総合すれば、次の事実を認めることができる。

被告内村は、昭和二十八年十一月十日午後九時過頃札幌駅から札三―三三二〇号乗用車を運転し、千歳行の客を乗せて室蘭街道を通つて千歳に向つたのであるが、当時は初雪が降り道路は真白になつていた。同日午後十時過頃客を降して札幌に帰る途中、被告内村は、午後十一時頃豊平町字北野付近鋪装国道左側を時速四十粁ないし四十五粁で進行していたが、同所中川蹄鉄店付近まで来た時、前方百米位の地点道路左側を札幌方面から対進して来る原告らの自転車の燈火を認めた。しかし同被告は、右燈火を発見した地点から道路は約百八十度の左カーブになつているのにもかかわらず、依然速力を減ずることなく、容易にカーブを曲れるものと軽信し、約七十米進んだほとんど道路中央部において左にカーブを切つたところ、同地点は雪のため凍結していたので、車輪に滑り止めのチエーンを取り付けてなかつたところから、乗用車は横滑りを始めた。そこで同人は制動をかけたのであるが、自動車は横滑りを続け、その結果原告らに衝突して本件事故をひき起したものである。

以上の認定事実に反する証拠は信用しない。

ところで自動車の運転に従事する者は、その操縦に当つては深甚の注意を払い、常に進路の前方を警戒しつつ、交通事故の発生を未然に防止すべき義務があり、ことに雪が降り路面が凍結したときは滑り止めのチエーンを車輪に取り付け、しかも雪路の進路前方に対進して来る自転車を認めたときはその行動に注意し、かつカーブを曲る場合には速度をゆるめて徐行する等臨機適切な処置を講ずべき注意義務があるというべきである。しかるに被告内村は、路面が凍結しているのにもかかわらずチエーンを使用せず進路前方約百米の地点に対進して来る原告らの自転車を認めたのにもかかわらず、容易にカーブを切れるものと軽信して危険防止のための適宜の措置を怠り、時速四十ないし四十五粁の速力でそのままカーブを切つたため、自動車が横滑りして本件衝突をひき起したのである。したがつて本件事故は、被告内村の過失に基くものであるというべきである。

これと異る被告らの主張は採用することができない。

しかして同被告が、事故当時、被告会社の被用者としてその事業を執行していたことは、当事者間に争いがない。被告会社は選任監督の点についてとくに主張かつ立証をしないから、被告内村の不法行為について責任があるといわなければならない。したがつて、被告らは、いずれも原告らに対して損害賠償をする義務がある。

そこで損害額について検討することとする。

まず原告先本についてみると、同人は右事故のため自転車一台および腕時計一個を破壊されたため合計一万五千円の損害を被つたと主張する。同人の自転車が破壊されたことは当事者間に争いがなく、また原告本人の供述によれば右事故により腕時計一個を紛失したことが認められるが、その損害額は同人の供述により合計金一万五千円であることが認められる。次に同人は本件事故により約一年間の休業を余儀なくされ、そのため金二十万円の損害を被つたと主張する。成立に争いのない甲第一号証、第九号証、第十号証、原告本人先本の供述を総合すると、同人がその主張のように田畑を所有して農業兼薪炭製造業を営んでいたこと、本件事故直後から昭和二十九年四月七日まで入院していたこと(当事者間に争いがない。)退院後も稼働できなかつたことが認められ、そのために被つた損害額は、原告本人先本の供述によれば、少くとも薪炭業を中止するの止むなきに至つたため年間二十五万円の得べかりし利益の損失があり、また原告本人が労働できなかつたため年間延百八十人の人を傭い入れ、日給を三百円として年間五万四千円合計三十万四千円の損失があつたことが認められる。したがつてそのうち金二十万円に対する原告先本の請求は理由がある。なお、同人は右のほか金百二十万円の得べかりし利益の損失を被つた旨主張するが、その提出に係る証拠をもつてしてはこれを認めるに足りない。

次に原告田村についてみると、同人は本件事故により自転車一台、腕時計一個を損壊されたため金一万五千円の損害を被つた旨主張する。自転車損壊の点については当事者間に争いがなく、また、前掲甲第六号証および原告本人田村の供述を総合すると、右事故の際時計をも紛失したこと、右自転車の修理に金八千円を要したことが認められるが、時計の紛失による損失額については何らの証拠もない。したがつて、この点についての損害額は金八千円であるといわざるを得ない。また同人は原告先本看護のため八ヶ月休業し、一日金二百円として金四万八千円の損害を被つた旨主張する。原告本人先本の供述によると原告田村は原告先本の妻ではないことが認められ、したがつて同人に法律上の看護義務はないばかりでなく、他に看護により被つた損害を認めるべき何らの証拠もない。

以上原告先本が本件事故によつて被つた損害額は金二十一万五千円、原告田村が被つた損害は金八千円であるから、結局、被告らは各自原告先本に対し金二十一万五千円、原告田村に対し金八千円およびこれらに対する本件事故の翌日である昭和二十八年十一月十一日より支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務ある。

よつて、原告らの本訴請求は右の限度においては理由があるから正当として認容し、その余の請求は失当として棄却することとして、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条但書第九十三条第一項本文、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決をする。

(裁判官 吉田良正)

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